■■レクイエム様■■

「あの空の向こう側へ」
――疑惑と邂逅――



(攻撃感知、危険。回避・防御可能)

I−ブレインが抑揚のない声で告げる。
その声に引きずられるようにして体を旋回させ、攻撃を受け流す。
そしてその勢いを殺さぬまま、地に手を着き、後方へと跳躍。
バック転気味に沿った体勢を修正しつつ、着地の為に右足を出す。


そこに、攻撃が来た。


「・・・っ!」
正確に着地を狙ってくる攻撃に対し、防御を四半ナノセカンドで諦める。
着地するはずだった右足をその動作をそのままに後ろへと振り、今度は逆に前方へと体が傾ぐ。
I−ブレインが認識する情報のデータを元に着地点を目で確認せず足元を抜けていった攻撃の直後に足が地につく。


右足


「やっ!」
膝の屈折による過重移動を一時的に筋肉を硬直させることによって強制的に拒否。
かかしのように突き立つことでぶれた視覚と足を固定し、腕の力だけで手にもったサバイバルナイフを振りぬく。
しかし、相手はそれを難なく受け止め、手にもった細身の騎士剣を突き出してきた。


サイドステップして回避する。
相手との距離が開き、彼我の関係にわずかな空間が生まれた。
その機を見逃さず、天樹錬はI−ブレインに命令を送った。


(『分子運動制御デーモン』常駐『氷槍』発動)


発動させた『マクスウェルの悪魔』によって周りの熱量を奪い去り、それを槍状にして固定。
無数の氷の槍を生み出し、それに運動量を付加させて解き放つ。
着弾に1000分の1秒単位の差をつけて相手を半円状に囲むように放たれた氷槍は
一直線に相手に
襲い掛かる。
彼我の距離は二メートル半、必中の間合いで放たれた攻撃だったが、ふと敵と目が合う。
銀の髪を一本だけ無造作に後ろで括った、中性的とでも形容すべき容姿。その顔が、ふと歪んだように見えた。そして、着弾寸前に相手の体に半透明状の膜が生じ、その姿が掻き消える。


『自己領域』による転移だ。


騎士が持つ究極の能力、あらゆる物理法則から解き放たれる最強の能力。
だが、欠点も存在する。
それは、相手に攻撃するには一度『自己領域』を解除しなければならないこと。
騎士と戦うにはそのタイムラグを如何にして攻めるか、に特化される。


(『空間曲率制御デーモン』『短期未来予測デーモン』簡易常駐・・・容量不足、『マクスウェル』強制終了)


脳内に命令を飛ばし、思考の主体をI-ブレイン内に移行。
中の窓に表示される未来予測を元に、転移先を割り出す。
その地点に強力な空間の歪みを生み、自己領域の維持を防ぐ。
強制的な情報の変化により、自己領域は解除されるはずだ。
「そこっ!」
すぐに行動を開始、手にした姉お手製のサバイバルナイフを予測地点へと突き出す。


その刃は一直線に銀髪の少年の右わき腹に突きささ―――
「なっ!?」
――らなかった。
絶対の自信を持って放たれた攻撃が自己領域を解除した少年に突き刺さる直前、何の前触れもなく、いきなりその体が加速したのだ。


『身体能力制御』だ。


呆気なくナイフは少年が一瞬前にいた場所を突きとおし、虚空を裂く。
・・・なぜ、どうして。
疑問が頭蓋に反響する。
『自己領域』を解除した後はすぐに別のファイルを展開することは出来ないはず、それなのにこの少年はそれをやってのけた。
「くぅっ・・・!」
考えている暇などは無い、今は現実に対応しなくては。
思考が空回りを始める。
奥歯を噛み締めながら、錬はここまでの経緯を思い返した。






    *






「・・・廃プラントの調査?」
半日ほど前のことだった。
突然兄――真昼から頼まれた依頼。
「うん、生憎と僕と月夜は手が離せなくてね、機器系の調査のようだから本来なら僕たちが行くべきなんだろうけど・・・悪いけど、頼めるかな?調査だけでいいから。」
解析はそのデータを元に僕らがやるよ、と付け加え、和やかな笑みを浮かべて真昼は言った。
「えーっと・・・」
脳内メモリからスケジュールをチェック、特に問題の無いことを確認してから錬は答えた。
「いいよ。・・・で、どこのプラント?」
はい、と手渡された地図に載っていたのはシティメルボルン跡地付近の廃プラントだった。
調査内容はそこに使える機器がまだ存在するか。もしくは直せるレベルであるかどうかを確かめること
「・・・?何でこんなことを依頼するの?」
首を傾げ、一言。
そう、機器が直せるかどうかを判断するかはできないにしろ、それを確認し、データとして送ってくれれば手っ取り早いはずだ。
そして見た感じこの廃プラントには防衛システムは存在しない。
なのに何故実地調査まで依頼するのだろうか。
「あぁ、それが調査に行った人もいるらしいんだけど何者かの手によって妨害を受けたんだって。」
「妨害?」
誰か人がいるということだろうか。
「そう、銀髪の少年で騎士剣を二つ持っているらしい。」
「・・・真昼兄、最初から僕にやらせる気じゃなかった?」
そこまで内容を把握しておいて自分たちが行くとは考えものだ、相手は騎士、とわかっているのに一般人の真昼と月夜がのこのこと行くとは思いつきがたい。
「さぁね?とにかく、頼んだよ。・・・・あぁ、後月夜が予備のナイフ作ったから持ってけってさ、何でも今度の論理回路は『究極』らしいよ。」
「・・・究極、ね。」
その『究極』のベクトルがどちらを向いているかは考えたくない。
ともあれそんな経緯で錬はその廃プラントに赴いたのだ。
ちなみにフィアはついてきていない。弥生の巡回診察のお供としててんやわんやの毎日だ。
これ以上負担をかけるのはまずい、と錬が判断したのである。



そうして廃プラントに到着後、機器を調べるためにまずは内部を知ろうと『チューリング』を起動したとき、背後で情報制御を感知。振り向いた先に銀髪の少年がいたのだ。少年は通信機を手に持っていて、こちらに気付いた瞬間それに向かってレラとかセラとかそんなような言葉を叫び、こちらに向き直ったのだ。腰にあるのは二本の細身の騎士剣。
・・・こいつだ。
確認するまでは半信半疑だった「妨害者」、今、それが目の前にいる。
錬は無言でサバイバルナイフを抜き放った。
同時に、少年も腰の騎士剣を抜き放つ。



――本格的に戦闘が始まるのに、そう時間はかからなかった。







      *






(『身体能力制御デーモン』常駐 知覚速度を20倍、運動速度を7倍で定義)
少年の動きに対応してゆくため、すぐさま『ラグランジュ』を発動させたのだが少し遅かった。
「――がっ!?」
背後からの斬撃が左肩を切り裂く。
その衝撃にたたらを踏み、前につんのめる。
「くぁ・・・っ!」
痛みの奔流を数値データに変換、歯を食いしばって踏みとどまり、簡易常駐させた『マクスウェル』で「氷槍」を数本生成させるが騎士の移動速度に体勢を崩した状態から近接戦闘に特化していない錬がついて行けるわけも無く。呆気なくその攻撃は空を貫く。
それと同時に再び斬撃が錬の体を襲い、今度は右肩から鮮血が迸る。
(『空間曲率制御デーモン』常駐。容量不足、『マクスウェル』『ラグランジュ』強制終了。)
とっさの判断で『アインシュタイン』を展開、周りに空間の歪みを作り出し、次の騎士剣の攻撃を絡め取った。
そのまま大きく後ろへ跳躍。
前方に空間歪曲を生み出し、牽制しておいてから距離を取る。
流血と共に活力がどんどん奪われていくのがわかる。
早期決着、しかないか。
逃げるという選択肢は存在しない。この狭いプラントでは逃げる前に『自己領域』を纏った少年に追いつかれるだろう。
錬は荒い息を整え、サバイバルナイフをしっかりと握り締めた。



――まだ、戦いは始まったばかり。



レクイエム様よりいただきました。

何となく私の中で、錬はいろいろできるけど
中途半端ってイメージです。
器用貧乏な感じ。
ゲームとかだったら、最前線に出すにはHP足りなそうだから、
祐一あたりを盾にしつつ、2列目あたりで技を使うキャラでしょうか。
錬である程度、相手のHPを削って、
もっと攻撃力の強い奴でとどめをさす感じ。
まぁ、スピードと器用さは高いので、
敵の攻撃の回避率は高そうですけど。


<作者様コメント>
錬の相手が誰かはもうお分かりでしょう。
「こうあったらいい組み合わせ」、
というのをテーマに独断と偏見で決定して書いています。
世界観は壊さぬようがんばるつもりですが、
オリジナルの能力設定とかはばしばし出るかもしれません。
基本的には一巻と三巻のキャラで構成してゆく予定なので、
ファンメイやヘイズ好きな人には申し訳ありません。
ヘイズは出てくるかもしれませんが・・・
とにかく、すべてにおいて鋭意努力してゆく次第です。

<作者様サイト>
なし

◆とじる◆