■■テラタク様■■

Crimson_Blue_1


オレは認めたくなかった
目の前に転がるこんな世界を…
別に憎んでいたわけじゃない。
恨んでいたわけじゃない。
ただ……認めたくなかった…それだけだ。
それを認めてしまう事が、それに流される事が怖かった。
だからと言って、みんなが幸せになれるほど、この世界が甘くない事も知っていた。
誰もが幸せになれる答えなんて無いことも分かっていた
それでも、その時のガキでバカだったオレは…そんなモノを求めてた
そんな…決してありもしないモノを……



上空には果てしなく広がる灰色の天蓋、地上には降り積もった大雪、空気中には乱舞する粉雪。
つまり、何処を見渡してもモノトーン以外の色彩を見つけ出すことは不可能な景色。
そんな中を、あまりにも辺りの風景と一致していない極彩色が舞っていた。

『……本気ですか?』
150メートル級高速機動艦『Hunter Pigeon』艦内、管制システム擬似人格ハリーのいつもと違う低い声が響いた。
立体情報ディスプレイに映し出されるその表情は呆れ、と困りの中間くらいだろうか。
さすがに横線三本のマンガ顔じゃ分かりにくいな、と当時17歳のヘイズはどうでもいい事を密かに思った。
『…今、失礼な事を考えましたね?ヘイズ…』
「思ってねーよ、んな事」
見事に心中を見抜かれていたは表に出さず、その真っ赤な少年は答える。
そう、その少年はまさに真紅と言うにふさわしかった。
まるで染めたように鮮やかな赤毛。その髪に一切他の色彩は無い。
もちろん前髪の一房にも。
そして、左右で色違いの赤い瞳に血色のジャケット。
ちなみに、この艦のカラーリングも紅一色で、その船体の隅に小さく白い文字で『Hunter Pigeon』と記されている。
『ヘイズ、私があなたのウソも見抜けないほど無能だとでも?…それで、もう一度聞きますが、本気ですか?』
「本気だ」
さもあっさりと答えるヘイズにハリーはため息をついた。当然、ディスプレイ上に表示しただけ、だが。
『ヘイズ…一つ言わせて…』
「ハリー、目標地点に接近」
ハリーの言葉を遮ってヘイズは現在地を示したディスプレイを指さす。
『………了解。偏光迷彩を起動します』
少し間を開け、さらに抑揚を欠いた声でハリーは告げた。
その後しばらく会話が無い時間が続いたのだが…
「……ハリー…」
この状況に耐えられなくなったヘイズが声を上げた。
『何か?』
「…ディスプレイ、消してもいいか?」
ヘイズの鼻先5センチほどに、ため息マークだらけになったハリーの顔が浮かんでいた。




二一九三年七月九日、その日から今回の一件は始まった。
きっかけは便利屋として名が知れ渡ってきたころのヘイズのもとにシティ・シンガポールから寄せられた一通の依頼書。
その内容を要約するとこうなる。
 ・シティ・サンパウロ近くの研究施設跡にシティ・シンガポールから脱走した数人の研究者達が潜伏している事が判明した。
 ・彼らはシンガポールが極秘で研究していた、ある魔法士のデータと実験サンプルを持ち去っており、その研究を継続している。
 ・今回やってもらいたいのはその研究データと実験サンプルの奪取だ。
 ・方法も犠牲も問わない。ただ実験サンプルだけは、なんとしても生存した状態で受け渡してもらう。
 ・報酬は前金、150万。成功報酬600万。

シティからの極秘依頼であること、方法、犠牲は問わないこと、おまけに報酬の破格さ。
誰がどう聞いても、怪し過ぎる。
おまけにヘイズは、便利屋として成功するための真理、『うまい話には裏がある』という事を身をもって知っているにもかかわらず、
二つ返事でOKしてしまったのだから死にたいのか?と思われても仕方がない。
確かに、今までにも貧乏くじを引いてこのような依頼を受けることはあった。
が、その場合はどうしようもない理由があった。
おもに借金関係なのだが…
しかし今回は、とり急ぎ金が必要なわけでもない。
ならばどうしてこんなハイリスクな依頼を受けたのか…
ハリーが納得しないのも当然であった。
ヘイズが言うには、
『いいじゃねぇか、別によ。それにだな、ここらでいっちょ一稼ぎしとかねぇと借金地獄から永遠に抜け出せなくなっちまうぞ』
ということらしいのだが、ハリーには、なにかヘイズが隠しているような気がしてならない。
というか、この程度でヘイズが借金地獄から抜け出せるとも思えない。
何度も死線をくぐってきたとは言え、この少年はまだこの世に生まれてきてから7年しか経っていないのだ。
その内のほとんどをハリーは共に戦い、共に見てきた。
だから、なんとなく分かる。
今のヘイズは何かおかしいということが。
 ━いったいこの少年は何をしようとしているのか…
ハリーは自身の目である船内カメラをヘイズの思いつめたような顔に向ける。
 ━今はため息がつけるヘイズがうらやましいですね。本当は止めたいんですが、そういうわけにはいきません…か。
  仕方ありません。
『ヘイズ…一つ言っておきます』
目標の研究施設跡が視認できる距離まで近づいた頃、それまでヘイズの後ろで黙っていたハリーが唐突に声を上げた。
ヘイズは鳴らしていた指を降し、憮然とした表情のまま答える。
「……なんだ?」
『Hunter Pigeon』の操縦席に機械合成の…それでいてかなり抑揚の利いた声が響く。
『あなたが何を考え、何をしようとしているか…私には分かりません。私が人間なら分かったのかもしれませんが、
所詮、擬似人格ですからね。ですがヘイズ…これだけは覚えていてください。
私は、もしあなたがどんな道を選んだとしても……最後まで付き合いますよ。』
ヘイズは苦笑しながら手をひらひらと振り、
「やめとけ。オレみたいなのに付いてきても損するだけだぞ。もっと金持ちで優しいマスター見つけろ」
『それもそうですね』
即答だった。
「おい、そこはもうちょい否定しろよ」
ハリーは笑顔を表示する。
『…………』
「…ハリー、その嫌味っぽい笑顔はなんだ?」
『これが私の標準の顔ですが?
それよりヘイズ、目標の施設を視認。本艦の状態を変更してください』
ヘイズはうっしと、一言。
有機コードを引っ張り出し、うなじに押し当てる。
生体細胞をベースに作られた有機コードは皮膚に潜り込み、I-ブレインと分子レベルで融合する。
ヘイズは脳内で『Hunter Pigeon』の状態を『戦闘』に変更すると同時に、荷電粒子法の装填を開始。
『…いきなり突っ込むんですか…』
「戦力的には問題ないだろ。それに、こそこそ侵入して見つかるより最初から戦力潰しとく方が確実だしな。
それでハリー、敵の戦力は?」
『確認中……出ました。敵の戦力は…』
ハリーはそこまで言って固まってしまう。
ヘイズは頭上で沈黙を続ける相棒を訝しげな目で見上げる。
その相棒は実に分かりやすい表情をしていた。
真っ直ぐな横棒が三本。
つまり無表情なわけだが。
「おい、ハリー」
『…………』
呼びかけても返事をしないハリーにいよいよ慌て始めたヘイズはバグ検索用ルーチンを『Hunter Pigeon』の管制プログラムに走らせる。
と、その時ようやくハリーが声を上げる。
『ヘイズ…』
その声は機械合成のはずなのだが、こころなしか掠れているように聞こえた。
『今後、一切シティの依頼は受けないようにしましょう…』
「あー?いきなり何を言って…」
ヘイズの言葉を遮ったのはハリーの顔、正確に言うならその立体情報ディスプレイに映し出された戦力データだった。
この辺りのマップに重ねて描かれたデータの中央に位置するこの艦を表す赤い点、これはいい。
問題は目標施設を示す黄色の点の周りからうじゃうじゃと湧いてくる青い点の方で…


 確かにシティ・シンガポールからの依頼書にはこう書かれていた。
 ━脱走した数人の研究員が…
 数人、一般的にそう聞いて思い浮かべるのは5人くらいだろうか。
 多くても10人くらいに留まるはずで…


「なんだ、こりゃぁぁ〜〜!!」
 断じてシティの航空戦力一個中隊の事ではないはずである。

「なぁ、ハリー…こういうのってよ、世間一般的に言う大規模軍事クーデターとかってヤツじゃないのか?」
『そうとも言う…というか、そうとしか言いませんが…それで、どうします?
私としては、逃走をおすすめします』
ハリーは流石のヘイズでもここは退くと思っていた。
しかし数秒考え込んだヘイズの答えは…
「ハリー、主砲発射準備。並びに船外スピーカー展開用意」
『…………了解』
「まぁ、そんなにへそ曲げんなよ。帰ったらお前が欲しがってた最上級の偏光迷彩買ってやるからよ」
『…約束ですよ』
 ━生きて帰れたらな
ヘイズは心の奥で呟いた。






続く



<作者様コメント>

どうも^^
展示室には初投稿となります、テラタクです。
拙い文章で申し訳ないですが、どうぞよろしくお願いします。

さて、ここまでお読みになられた方なら気づいた方もいらっしゃるでしょうが、そうです。
『ヘイズ』、『五年前』、『シティ・サンパウロ(=南アメリカ近く)』
主要キャラとしてあの某最強騎士さんも出てくるかもしれませんwww
なにはともあれ、本番はこれからなのでがんばっていきたいと思います。

では、少しでもこの話をおもしろいと思ってくれる人がいることを願って

<作者様サイト>
なし

◆とじる◆