楽園ははるか遠く 1 同じ時、違う場所で
荒廃した村の跡地。あちらこちらに弾痕が、戦闘 の名残として残っている。 そして、そこにたたずむ魔法士が3人。 ひとりはファクトリーの制服を着た、銀色の長髪 と目をした女性。顔に無感情を貼り付けたかのよ うに、表情がない。周囲には光使い専用デバイスD3が飛び交っている。しかし通常の倍以上の48個という数だが。 ひとりは黒髪黒瞳に眼鏡の女性。神戸軍の制服に浅葱色の羽織を着て、腰には刀が一振り。釣り目で長い髪を後ろでまとめ、キャリアウーマン的な顔だ 一人は黒髪黒瞳の少女。歳は16といったところ。こちらも神戸軍の制服に浅葱色の羽織を着ているが、腰にある刀は少女の身長よりまだ長い。いわゆる野太刀というやつだ。背の半ばほどある髪を、うなじのところでまとめていてこちらは、誠実そうな顔をしている。 W・B・F所属、プルーラルNo.2。 シティ神戸所属、宇喜田亜矢少佐。 シティ神戸所属、宇喜田要中尉。 ―――の3人だ。
「これで全部のようね。帰投するわよ」 亜矢が任務終了を告げる。 「了解した…」ルウ―プルーラルが、表情ひとつ変えずに呟く。 「では、早く戻りましょう。……まったく。殲滅任務はいつも、ヒューイの役目だったのに……」 最後に亜矢が呟いた言葉は、他の3人に聞こえることは無かった。
シティマサチューセッツの、300メートル級戦艦の中、亜矢と要は個室でくつろいでいた。 先ほどの戦闘は、村を壊滅させるという凶悪だが、退屈極まりないものだった。 マサチューセッツから西に50キロの地点。ここによくある、シティに寄生する形で電力をもらい、生活を営む村があった。 現在マサチューセッツは、深刻なエネルギー不足に陥っていて、全ての階層を正常に機能させることすらできない状況だ。それなのにシティの電力を、勝手に使うとはけしからん、ということでこのような任務になった訳だ。 このようなマサチューセッツの問題に、神戸所属の要と亜矢が手をかす義理はないのだが、マサチューセッツが前々から、嘆願していた天使計画の参加に対し、神戸は拒否していた。当然である。シティの存亡がかかった計画によそものを招くはずがない。それでマサチューセッツに気を紛らわせてもらうために、要と亜矢が派遣された。 ようするに、計画に参加させるつもりは毛頭ないから、それで我慢してろ、という訳である。 巻き込まれた側としては、非常にはた迷惑な話である。 「ねえ、武士って本当、対兵士戦に向かないよね」 亜矢が愚痴るように言う。 「仕方ないですよ。そういう能力なんだから。それではどうして母さんは、そんな能力にしたんですか?人形使いとかにすればよかったのに」要と亜矢は厳密には、血が繋がっていない。だが要が作られるときに、亜矢の遺伝子が使われたため亜矢の意思もあり、一応は親子ということになっている。 「一般兵との戦いに向かないことより、魔法士との戦いに向いていることのほうが、重要だったからよ」 要の問いに、亜矢は母親というより、教師のような口ぶりで答えた。 「どうして?」亜矢の言っている意味がどういうことか分からない。 「一般兵は彼が倒してくれたから。私は魔法士を倒すことだけに集中していたかったの」 「彼とは恋人…ですか?」 「それはイエスでもありノーでもあるわね。おかげで、変なあだ名をつけられたりもしたけど」 亜矢が意味深に呟くと同時に船体の揺れが止まった。 「どうやら、マサチューセッツに到着したようね」 要は問うことをやめ、立ち上がった。
同時刻、倒壊した家屋と死体とその他の、なにかが折り重なるなかにたたずむ4人の魔法士。 一人はぼさぼさの銀髪に、茶色の目の男。横暴そうな面構えに頑健そうな体つき。改造したつなぎを着て、手には1メートルほどの弓。 一人は男と同じく、銀髪に茶色の目の少年。歳は15といったところ。黒の改造されたつなぎを着て、手には1メートルほどの弓。意志の強そうな顔つきだが、横暴さはない。 一人は長い銀髪をうなじでまとめ、髪と同じ色の瞳。ファクトリーの制服に身を包み、小振りの騎士剣が2本。気弱そうな顔をしている。 一人はブルネットの肩までそろえた髪に、なぜかアイマスク。ファクトリーの制服に身を包んでいる。 ヒューイ・ヴァネット。 カーライル・ヴァネット。 デュアルNo.33。 クレアヴォイアンスNo.7。 ―――の4人。
「ようやく片付いたが、ひとついっておくぜ。やる気がねェなら戦場にでるな!早死にしてェなら話は別だがな」 ヒューイの怒声が響く。 「何よ、そんな言い方しなくたって!ディーは!ディーはね!」 「いいよ、クレア。あの人の言うとおり、僕がいけないんだ」 クレアがかばうが、ディーはそれを拒む。クレアが悲しそうに顔を歪ませていると、 「ディー、すまない。親父はいつもこうだから。騎士を見るとすぐこれだ」 イルはヒューイの遺伝子を元に作られている。ニューヨークが崩壊する寸前、ヒューイがまだ培養層にいたイルを、連れ出してくれたらしい。 今、このようなことをしているのは、自分がいるせいで軍に復帰できなくなり、便利屋兼傭兵としてマサチューセッツに寄った時のこと、たまたまシティの議会に見込まれ、依頼をされたからだ。 「イル!てめぇはだまってろ!くそ、あいつがいれば、この程度2分とかからねぇのに」 イルが謝るが、ヒューイの怒声は続く。それがクレアには気に入らなかった。 「ディー、先に行くわよ。ほら!」 「わ、ま、待ってよクレア」 クレアがディーの手をつかみ、ヒューイとは同じ 場所にいたくないというように、早歩きでFA-307に向けて進みだした。 「親父、大人げねえ」 イルの呟きはヒューイには届かなかった。
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