■■図書室の住人様■■

楽園ははるか遠く
2 硝子の日常よ



シティ・マサチューセッツの訓練施設で、獲物を構えたまま対峙する魔法士が2人。
イルとディーだ。
そもそも2人がこうして模擬戦闘を、行っているのかというのも、思い返せばほんの3時間前。


任務を終えて帰還したとき、ヒューイがやたらと不機嫌な声で、「不甲斐ねえ」だの「死にてえのか」だのとディーの手際の悪さに対して、不満をもらした。間が悪いというか運が悪いというか、その言葉がことごとくクレアの逆鱗にクリティカルヒット。
クレア、何かの緒が切れる。「ディーは騎士なんだから、一般兵との戦いにはむいてないのよ! あんたたちみたいな対一般兵用殺人兵器といっしょにしないで!」この時、クレアはこれでもかとばかりにヒューイに罵詈雑言をぶつけた。それに対するヒューイの反応は、
逆ギレ。
「んなもん関係あるか!!! 大戦中は魔法士戦闘をする人形使いや、殲滅戦に参加した騎士ぐれえごろごろいたぜ! お前よりはるかに劣るI-ブレインでお前以上の働きをした魔法士なんざいくらでもいるんだよ! ああもううざってえ! イル! てめえ、この腰抜けを鍛えなおせ! 訓練室で5時間くれえ篭ってこい!!!」
1息に、速射砲のように怒鳴り散らし、イルを置いてどこかへ行ってしまった。
あとに残されたイルを親の敵を見るように、睨み付けるクレア。
「えーと、く、訓練施設はどこかな? あはは…」イルは地獄を覚悟した。


そして今。通算127回目となる訓練の途中、対一般兵戦闘のイロハをディーに教えていたとき、クレアが、
「あんた、エラそうにしてるけど本当に強いの? 虹使いは魔法士戦闘に向かないって言うのはなしだからね。あんたの父親がそう言ったんだから」という鶴の1声によって、ディーとの模擬戦闘をすることになった。
「行きます」騎士剣を構え、ディーが突撃してくる。
――正面からか、正直だな
(固有振動数取得。音壁起動)
騎士剣に逆位相の振動をぶつけ、弾きながら左後方に跳躍。騎士剣を弾かれ、たたらを踏むディーに対してアポロンを構え、
(音弓起動。直射)
音でできた槍、メーザーを放つ。崩れた体制で音速の速さで、放たれる音弓を避けるのは不可能に近いはずだった。しかし、次の瞬間ディーの姿が唐突に掻き消えた。
消えたということは、これは自己領域!
通常、自己領域には攻撃に移るまでのタイムラグがあり、対騎士戦ではそのタイムラグをつく戦い方がセオリーだが、ディーにはその騎士にあるはずの弱点がない。
けど、正直なディーなら次に来るのは、
(音弓起動。拡散)
正面を向いたまま、アポロンだけを背後に向けて放つ。
前方に飛び退りながら、横目で背後を見ると驚愕の表情に染まったディーが……いなかった。


訓練施設の片隅で戦いを見守る少女が2人。
ずっとディーを見守っているのがクレアで、1時間ほど前に現れた、妙な羽織を着た野太刀を抱えているのが要。
クレアは彼女と色々話をしたが、誠実な口ぶりと対応に、親近感を覚えていた。要のディーに対する多大な評価も、それを後押ししていた。要は「相手の実力を測れなければ、命に関わってきますから」と言ったが、事実ディーはうまくやっている。とクレアは思う。危なっかしくも、上手くイルの攻撃をかわし続けている姿を見て安堵する。
何だ、きちんとやれてるじゃない。
そう感じ始めた矢先、
「ディーさんは戦闘に何か、嫌悪があるのでしょうか。それともこれは、恐怖?」
誠実そうな顔に似合った話し方で、要が口を開く。その質問に対してクレアはドキッとした。戦闘に対する恐怖。それはクレアが懸念するディーの最大の爆弾であるからだ。事実それが原因で失敗した任務は多い。ただそれでも、今日はじめてディーを見た人物にそれを付かれるのはあまり気持ちのいいものではない。
すこし抗議してやろうかと思ったとき、
「決着がついたようですよ」という要の声。
はっとして戦闘のほうを見ると、ディーがイルの拡散攻撃を避けて首筋に剣をおしつけたところだった。
ディーの勝ち。ヒューイとかいう男はずいぶんとディーにいやみを言ったが、ざまあみろだ。やはりディーは強かったのだ。そんな考えが頭を埋め尽くそうかとしていた瞬間、
「では次は私の番です。かまいません……よね?」


なぜか、思いがけない2連戦をすることになったが、クレア曰く「ディーなら大丈夫だよ」ということでてんやわんやのうちに、要との模擬戦になった。
みたところ、要は騎士。まずは様子見だ。距離をつめ、騎士剣を振り…
「実戦では様子見などをしている間に、やられてしまいますよ」
声が聞こえる暇もあればこそ、気づいたときにはディーの首元に野太刀が押し付けられていた。
加速率、98倍!? 
ありえない。魔法士の限界ギリギリまで加速されている。しかも動きに無駄がない。
「もう一度やりましょうか?」
「はい。お願いします」
(騎士剣陰陽完全同調。並列処理を開始。)
なりふりかまってはいられない。勝つためにはこれしかない。
勝ちたい?
いつのまにかそういう考えを持っている自分に驚いた。けど、この戦いで大切なことが得られるのかも。
一陣の銀風となり、背後から切りかかる。
快音
時間差で繰り出した2本の騎士剣は、しかし待ち構えていたかのようにうごく野太刀によって止められた。
馬鹿な!? ディーの思考が混乱へと移ったとき、
「動きが止まっていますよ」
気づいたときにはまたもや、ディーの首元に野太刀が押し付けられていた。まったく歯が立たなかった。
それからも、戦い続けたがディーは1度も勝てなかった。



<作者様コメント>
えー、ディー君。途中まで強かったのに
要にぼろくそにやられて…
しかし、これはもともと武士が騎士を超えるという
コンセプトで作られているため当