■■歌枕様■■

魔法士物語・偽書
First period それぞれの風景


荒れ狂う弾丸と人が1人、せいぜい2人しか通れない狭い通路。この二つから得られる解は?
―――突破不可能。
ただし、魔法士というものは「不可能を可能とするために」存在する。
そこまで考えて、
「とは言ってもこれは魔法士だからってわけでもないんだがな」
音在誠字は苦笑しながら左手に握られた武装に一瞬視線を走らせ、構える。I−ブレインの予測に基づき弾幕が一瞬薄くなった所で手と銃だけを廊下に出し、引き金を数回立て続けに引く。
一瞬の後、爆発音が連続して鳴り響く。
――40ミリグレネードランチャー
魔法士は本来使わないはずの武装による攻撃。
銃声が鳴り止んだ瞬間、音在は漆黒のコートをはためかせ右手に抜き身の騎士剣を構えて躍り出る。
(接敵まで75m。脅威度小)
先ほどの銃撃から敵と判断された存在は既に銃器を手に持たず、やけどを負い戦闘力を失っている。加速された運動能力で一秒で駆け抜け、横目で銃器の残骸を見つつ、
一瞬思考を走らせると、音在は彼らが守っていた扉の向こうに飛び込んだ。

 「降伏してくれるとうれしいが・・・ま、無理か。」 扉の先にあるのは戦うのには広いとはいえない、せいぜい学校の教室程度の部屋だった。
音在の視線の先には1人の騎士と思しき魔法士の姿。近頃ここら一帯にあらわれた賊の首領。その騎士は冥王型の騎士剣を構え、音在を見据える。次の瞬間、
(高密度情報制御を感知。推測:自己領域・出現場所後方50cm)
「こんな狭い所で使うのか」
自己領域は確かに強力な能力ではあるが、狭い室内では攻撃用に使うのには向いていない。
なぜなら、いくら素早く動こうとも攻撃の方向が限定されてしまうからだ。
背後に人が降り立った気配を感じつつ音在は前に前回り受身のように転がり、騎士剣の一閃を避ける。起き上がりざまI―ブレインの予測に基づき騎士剣で敵の追撃を弾き、正対する。そして、
(身体能力制御 運動倍率100倍 知覚倍率360倍)
騎士の三大特徴のうちの二つ、情報解体と自己領域を捨てた代わりに得たカテゴリーAの騎士をはるかに超える倍率。その高速を以って敵に接近する。敵の倍率は40倍。2.5倍は大した違いではないが、音在を単なる普通の騎士だと思っていた敵には完全な奇襲となった。盗神シリーズの短い刃が敵の喉笛に食い込み、盛大に血を吹き上げる。ゆっくりとその体は仰向けに倒れこみ、騎士剣が手から落ちる。
「終わり、だな。」
騎士剣をさっと振り血を軽くとると鞘に収め、ドアに向って歩き出す。

 「いやあ今回もありがとうございます、音在さん。」
「いや、これが仕事ですし、十分な見返りはもらってますから。」
ここは音在が壊滅させた賊が基地に使っていた廃墟から2キロの所にあるそこそこの規模の町。音在はここに五年前に一回きて、その三年後に再び訪れてからこの一帯の中心都市となっている為に隊商などもよく通り、襲撃されやすいこの町の用心棒じみた事をやっている。最初に来たときにこの一帯の町からみかじめ料をとっていた賊を殲滅したからか、やけにこの町の人々は音在によくしてくれる。
このままでは宴会でも開きそうな勢いの町長との会話を切り上げようとすると、
「そういえば音在さん、最近多くなってきていませんか、あのような賊が。」
急にシリアスな話題を町長が振ってくる。丁度それは音在も思っていたことだった。
「たしかに、そうですね。俺もそう思います。もともといたやつらのせいなのか、この一帯には賊も寄ってきにくかったし、俺がここに来たときは今回のようにわざわざ出張る必要があるほど強い奴らはいなかった。それなのに魔法士がいたり対魔法士装備やら空中戦車やらもっているグループが一ヶ月に二度のペースです。異常、と言ってもいいでしょう。」
当初音在が雇われた理由は、用心棒ということ以上に自警団の育成だった。しかし、この半年、特に後半の三ヶ月戦闘ばかりしている気がする。
「やはり、神戸崩壊とマサチューセッツ事案、それにくわえて世界樹事件とメルボルン騒乱とかでどんどん世の中がきな臭くなっていってる感じはしますね。極めつけは賢人会議の1108放送。これで大分犯罪――賊に走った人間が出たのでしょう。」
「やっぱりそうなのかねえ。まあこの町は音在さんがいてくれるから大丈夫だけど・・・」
町長が頼るような視線を向けてくる。
「大船に乗ったような気持ちでいて下さい、大丈夫ですよ。」
そういいながらも音在は不安だった。今日の相手は魔法士、それも自己領域まで使える高位能力者だった。今日は不意をつけた上、自身が得意とする室内戦だったからよかったものの次以降の相手に勝てる保証はどこにもない。ため息を吐きつつ音在の足は自宅に向った。

 「起きろ――基っ」
I−ブレインにクズ情報が大量に流し込まれ、その衝撃で眠っていたソファから跳ね起きる。
「ったく、折角I―ブレインもってんだから目覚まし機能使いなさいよっ」
I―ブレインから流し込まれた情報を消し去り、笠置基はソファに座ったまま上を向く。そこには有機コードを片手にもう片方の手を腰に当てている一人の少女の姿。
「はやくおきなさい、さもないとあんたの分の昼食がなくなるわよ。」
「・・・もう起きてる。」
笠置はまだ衝撃の残るI―ブレインを気にしながら立ち上がる。
「俺は愛する君がそんなことをしないと信じているよ、灯」
ついでにウィンクも飛ばしておく基。
「な、な、な・・・」
基の同居人、愛宕灯は顔を真っ赤にし、意味を成さない声を発する。
基はそんな彼女の脇をすり抜け、私室を出て共用スペースへと向かう。うしろではまだ灯が唸っていた。

  シティ・メルボルン跡地第一階層。メルボルン騒乱で幸いにも焼失を免れた区画の一つ。基たちが住む家はそんなところにあった。
「基、今日の午後の予定は覚えているわね?」
食事を終え、食器を洗う基に背後から声がかかる。未だ先刻のことが頭に残っているのか、声がとげとげしい。
「ああ、忘れるわけがないさ。」
そう、忘れるわけがない。自分の恩人であり、最終的には自分と灯の恩人となったあの少年の事を。
「三十分後ぐらいに出よう。準備はそれまでに」
「了解」
そういいかわすと基は食器を洗う手を早め灯は外出の準備をするために自室へと向う。

命令

情報部戦術課アレクセイ・ソブレメンヌイ中尉は本日1500にモスクワ自治軍第5作戦室に出頭せよ。

そんなことが書かれた電子メールを受け取ったアレクセイは再びその内容に目を通しながら首をひねっていた。内容は非常に短いものだが、秘密主義の軍ならばよくあることだ。やつらは身内にすら手の内を明かさない。問題なのは出頭場所。情報部所属なのだから普通は情報部の作戦室に呼び出されるはずだし、たしか第5作戦室は「メルボルン騒乱」の後処理の為に使われているはず。それとも自分の記憶違いだっただろうか―――――
 そうこうしている内に第5作戦室の前についた。脳内時計を見ると時間は1458。だいたいジャストだ。アレクセイは自分のIDカードを取り出し、スロットに通す。こういうときはきちんと入れるようになっているのだ。
予想通り重機関銃弾までたえられる扉が重々しく開く。
「情報部戦術課アレクセイ・ソブレメンヌイ中尉、只今出頭しました」
きちんと手を頭に近づけ敬礼。そして室内の面々を見渡す。
将官クラスがこんなにたくさんいるだと?
目で階級章を追うだけで五人はいる。しかも、
あれは・・・副司令官!?
何でこんな所に自分が呼ばれたのかわからない。段々逃げ出したくなってきた。
「うむ、ご苦労、ソブレメンヌイ中尉。」
作戦卓に向っていた少将が声を掛ける。
「早速だが話を始めさせてもらう。時間が惜しい。」
少将はそういうと手元の端末を操作し、メインスクリーンが起動される。
「ここがメルボルン騒乱の事後処理のために使われていることは中尉も知っていると思うし、なぜ情報部でなくここに呼び出されたかを疑問に思っているだろう。その理由は今回の作戦の内容が端的に言ってしまえばメルボルン潜入だからだ」
少将は一度言葉を区切り、
「メルボルン騒乱の内容はどのくらい知っている?」
「自治軍内部に発表された報告書は読みましたが。」
「ふむ、ならば話は早い。これを見て欲しい。」
メインスクリーンの画像が変わり、二つの図が映し出される。それはアレクセイには見覚えのあるものだった。
「メルボルンの地図、でしょうか。」
そうアレクセイが尋ねると少将は満足そうに、
「うむ、メルボルン第一階層の地図だ。ではこれは何かわかるかね。」
二つの地図に変化が現れる。所々が赤色で塗りつぶされたのだ。
「これは最近行われた将官会議でのプレゼンに用いられたものなのだが。」
赤と白の差は・・・?
アレクセイは脳内に保存してあるメルボルン騒乱の報告書を呼び出し、第一階層で検索をかける。その結果を一件一件チェックしていき、
「死傷者の分布図・・・ですか?」
「そうだ、その通りだ。左側が一回目、右側が二回目の賢人会議との戦闘のものだ。これに賢人会議の突破ルートを重ね合わせる。」
今度は地図に緑色の線が引かれる。色を結ぶような線。しかし右側の地図には違和感があった。
「ルートから外れているのに死傷者が多い・・・?」
「その通りだ。」
少将がうなずき、続ける。
「最初はメルボルンの警備隊との交戦があったのかと思ったのだが、それも否定された。カテゴリーAを含む魔法士十一名が死傷、対魔法士装備歩兵が一個中隊壊滅、空中戦車一個小隊が全滅した。恐らく一人か二人程度の魔法士の手によって、な」
絶句するアレクセイ。賢人会議の主力、デュアルNo.33にこそ及ばないが、それは一箇所での戦闘だからだろう。余りにも被害が大きすぎる。
「魔法士のI−ブレインは丁寧にも破壊されていて画像は収集できなかったが、生存者からの目撃情報でそう推定された。そこで、君の任務の話になる。君にはこの魔法士を特定してもらいたい。メルボルンに潜入して、な。」
ようやく衝撃から立ち直った所に更に一撃を喰らうアレクセイ。そんな化け物に一人で挑めと?
そんな心を読んだかのように少将は言葉を続ける。
「勿論君一人というわけはないし、任務の主目的はあくまで魔法士の特定、つまり情報収集だ。不測の事態に対応できるよう魔法士主体の部隊構成でこの任務を行う。人員選定は情報部から君の好きに選んでもらってかまわない。やってもらえるか?」
少将は言葉をきり、アレクセイを見つける。言葉こそ柔らかいがこれは命令。魔法士である依然に軍人でありたいと思っているアレクセイは
「命令とあらば」
拒否はできないし、するつもりもなかった。
「早急に準備をします。出発時間は?」
「明日0500。ルートは日本・九州まで輸送艦で行き、その後はわがシティの影響下の隊商でメルボルンに向う。さすがにメルボルン騒乱と同じルートは使えんからな。」
そこに少将の隣に座る自治軍副司令官が口を挟む。
「一つ確認しておきたいが、なぜこのような任務内容かはわかっておるだろうな。」
なぜ殲滅ではなく情報収集、しかもそれを魔法士にやらせるのか。少将は不測の事態に備えると言っていたがそんなのが建前であることはとっくにわかりきっている。
アレクセイは答える。
「その魔法士の勧誘、ですか」
特定の地域の部隊にしか攻撃していないということは賢人会議の関係者である可能性は低い。何かしらの不幸な事故が原因であるのかもしれない。そして強力な魔法士組織である賢人会議に対抗する為には一人でも多くの強い能力者がいたほうが望ましい。それらの事を材料にしアレクセイの脳が出した結論がそれだった。
「その通りだ。賢人会議のあの発表でマザーコアのことが白日の下に晒された今、シティに帰属するよう魔法士を説得できるのは実際にシティにいる魔法士だけだ。」
副司令官はそういうと話の主導権を少将に渡す。
「では、準備にかかってくれ。」
「はっ」

暁の船、という組織がある。最も「組織」と言うより「ネットワーク」と言った方が正確だろう。
暁の船の歴史はその前身とはいえ「大戦」以前に遡ることができる。当初の設立目的はシティ全盛の時代にシティ体制を嫌い、もしくは何らかの事情を持ってシティにすめない人間やそれらの人間が住む町の間の情報交換であり、その名前も「暁の船」でなく「情報の鎖」と言う素っ気のない、そのままのものだった。そしてシティにすまない者で構成されているという事情を持つが故に「組織」と言う体裁をとるのは難しく、またその必要もなかった。しかし、「大戦」は戦争の当事者とは関係のない存在にも大きな影響を与えた。つまり「情報の鎖」の構成員―――シティ外居住者の持つ意味が大戦を通して大きく変わったのだ。つまりシティとは半ば敵対関係にあった戦前の構成員とは違い、情報収集をする必要がなくなり、かつ自身の生存すら危うい状況で世界に目を向ける人間は大きく減った。
―――――そしてその構成員のほとんどは「世界に関わることを望むもの」となる。
そしてこの動きを機に「情報の鎖」の創設者である空賊から名前を取り、「暁の船」を名乗るようになった。
そして今、ネット上で「暁の船」の会合が行われている。いくらその構成員が替わろうと、その性質自体は大きく変わらず、かつ戦前と同じ目的で参加している者もいる為あいかわらず「ネットワーク」的な意味が濃く、定期的な会合は行われていない。会合が行われるのは「世界に何かが起こったとき」。つまり暁の船が世界に関われるほどの何かが起こった、ただその時だけ。

 「今までの議論をきくに、基本的に我々『暁の船』が賢人会議に対して接触することに異議のあるものはいないのだな?」
情報の秘匿、通信のやりやすさなどから映像は映し出されず、ひたすら文字だけが並ぶ。会合が始まってから既に2時間近くが経過している。自然に議長役となった―――ネットワークと言う性質上リーダーというのは存在しない―――人間の発言が文字として出力され、次の瞬間には「賛成」や「異議なし」の文字が大量に並ぶ。
「では方法は・・・やはり使者を立てる、というのが最善だと思うのだが。」
先程よりは時間が空いたが同じ現象が繰り返される。先程のまでの混乱が嘘のように整然と進められる。
「ではその使者を誰にするか。それを決めてしまおう。外部の便利屋に頼むわけにもいかないからこの中から選出してしまおう。立候補者はいるか」
今度は先ほどのようには書き込みが生まれない。世界に関心があるものでも、テロリストに接触するのは恐い。その勇気があれば知名度で言えば弱小勢力である「暁の船」になぞ最初から加わらない。
 それを見て、伊吹識はつぶやく。
「OK。俺の出番だな。」
自分でもやはり迷っていたのだろう。歴史の表舞台に立つかもしれないことを。あれだけの人死を見たのだから当然かもしれないが―――――
書き込む。
「どなたも立候補しないようですから自分が行きましょう。」
瞬間。場が動く。
「俺も立候補する」
「私も」
「僕に行かせて下さい」

    ・
   ・
   ・
一挙に書き込みが三桁に届く。再びつぶやく識。
「自尊心に触れたかな・・・。」
苦笑。ここにいる人間は臆病なくせに自尊心だけは強い。「どなたも立候補しない」というのは自尊心にダメージを与えてしまったようだ。 この書き込みで一旦場が落ち着き、今度は先刻と同じ動きが生まれる。
「賛成」「異議なし」と大量に生み出される文字列。それを受けて識は再び書き込む。
「では自分でいいでしょうか。」
議長役の書き込みが続く。
「他の立候補者には悪いが、それで行くのが大多数の意思らしい。ではイブキシキ、会談で聞いて欲しいことなどは後で送る。準備をしておいてくれ。」
会はこれでお開きとなった。

これにて物語は一つの転機を迎える。

                 

 first period end …

NEXT period 「悪魔使い」

付録(?)

「騎士改二型開発に関する中間報告書」
            文責 シティ広島技術本部  現在「騎士改二型」の開発は実際の埋め込み実験を残すのみとなっている。この報告書では完成形のI−ブレインの性能及び技術本部武装課にもとめる「騎士改二型」の武装について報告する。

1 詳細性能
 「騎士改二型」のI-ブレインの基本プログラムは「高度身体能力制御」のみとなっている。これは情報解体、自己領域を削除した代わりに従来の最高級騎士の三倍前後の倍率で知覚・運動能力を向上できるようプログラムしたものである。なお、前述の二能力を削除した理由は想定される作戦範囲が大規模な情報制御が悪影響を与えうるシティの重要区画であること、自己領域の性能が発揮されにくい室内戦闘に投入される予定であることである。
また、能力を以上に限定した結果、被験者音在誠字中尉の予測適合率の高さもあり、かなりの記憶領域のブランク及び演算速度の余剰があるため、何らかの追加能力を用意することを提案する。
2 武装
 「騎士改二型」は室内戦闘を想定しているため騎士剣は盗神シリーズ級のサイズが望ましい。また、情報解体を装備しない為騎士剣にはできるだけ高い切断能力があることが望ましい。そのため、現在開発中の単分子刃を用いることを提案する。
以上

Thanks For Checking And Advising

シグマ
(敬称略)



<作者様コメント>

 二次創作では始めまして、歌枕です。同盟歴は三年ぐらいでこれが投稿初作品となります。
 一応この話は六巻の直後からWBの終りまで書く積もりですので、何年かかるかはわかりませんがお付き合い下さい。
 尚、音在と笠置はとあるところで既にだしているキャラですが、笠置の性格が豹変しておりますのでお気をつけ下さい。(何をだ)
下に付録?がついていますが、今後このような設定資料集みたいなのを毎回できれば付けていきたいと思います。

<作者様サイト>
なし

◆とじる◆