■■wing様■■

One Side Story
―― 刻騎士と魔法使い ――


警報器から出るやかましいサイレンを後目に私、白神 時音しらが ときねは廊下を駆けながら『情報の海』の自分に意識を集中する。
(I−ブレイン、戦闘起動。光速度、プランク定数、万有引力定数、収得。「自己領域」展開。時間単位を改変)
半透明な球形の『揺らぎ』が時音の周囲を包み、『時音にとって都合のいい物理定数』が支配する空間を生み出した。静止した空間を、客観値にして秒速29・9万キロという圧倒的な速度でポートに向かってひた走る。
ここまでは完璧。
時音はほくそ笑んだ。今回の依頼は、
『西暦2198年2月13日午後2時30分から同年2月20日午後2時30分までの一週間、ベルリン市軍の目を釘付けにせよ』
それは、シティ・ベルリンにけんかを売れ。としかとれず、無謀としかいえないものだった。
にもかかわらず、この依頼を受けたのには理由があった。
報酬が、すごい、の一言だった。
前金で200万、後金で300万の合わせて500万。
時音の父、白神 やいばが、病(医者の話ではウイルス性内臓疾患)にかかり、薬に多額の金が必要なのも手伝い、さっさと契約書に自分の電子著名を打ち込んで飛び出してきたのだった。
書き込みは一文。『行ってきます』と、呆れるぐらい簡潔なものだった。
――スリルもありそうだしね。
シティの上層部に潜入して、軍部のデータベースをハッキング。魔法士にしかわからない程度にアクセスの痕跡を消しながら、目的のフォルダをディスクに写し録る。
中身は『シティ・ベルリンの全魔法士データ』
こんなものが盗られたら、シティや軍部の威信にかかわる。
躍起になって追ってくるだろう。
それが、時音の狙いだった。
写し録ったディスクをポシェットに入れ、最後の仕上げにかかる。
端末をデータベースから切断する際、時音はわざと・・・セキュリティに触れるようにした。
そして、すぐ脱出に取り掛かる。
ばれてから10秒足らずではなにもできないだろうとふんでいたのだ。
そして、軍がシティ内を捜索している間に遠く逃げる予定だった。
実際、シティの外に出るまで妨害らしい妨害もなかった。
――あとは逃げ…。
(高密度情報制御、高濃度ノイズを共に感知。警告。I−ブレインに異常を感知。危険。「自己領域」を解除)
とっさのことにわけがわからず、雪の上につんのめる。
「キャっ」
可愛い悲鳴を上げるが、すぐに立ち上がって周りを見渡した。
懸命に電磁雑音放射デバイスノイズメイカーを捜すが、それらしいものは見当たらない。
――どういうこと?
反射的にシティを見上げ、黒髪の男と視線がぶつかった。


青柳あおやぎ 慎次しんじ准将、大変です」
第3階層・東部地区の一室に、一人の兵士が血相を変えて入ってきた。
その兵士を一瞥して、慎次は目を窓の向こうの雪原に戻した。
「何があった」
兵士に先を促しながら、雪原の真ん中で呆然とこっちを見ている長い黒髪の少女に視線を合わせる。
「軍のデータベースから何らかのデータを盗まれました」
少し眉をひそめて返答を返す。
「そうか。…それで?」
「はっ。現在、全ポートに電磁雑音放射デバイスを設置中。完了しましたら、シティ内の洗い出しを開始します」
――……無駄だな。
いつの間にか消えた少女がいた辺りに目をやりながら溜息を吐く。
さっきの日本人の少女が犯人だろう。年齢はおそらく慎次と同じの十七か一つ下。騎士の扱う『自己領域』を使っていたが、発動に不可欠の騎士剣を持っていなかった。となると…。
「『規格外』か…」
部屋を出て廊下を歩きながら、慎次は呟いた。
――面白くなりそうだな。
慎次はエレベータで自室のある18階に行くため、エレベータに乗った。
途中の、エアポート区域の10階で、慎次は副官のファル=シェルシアと乗り合わせた。
年齢は十七。薄い青の入った銀髪に整った容貌をしている。慎次の副官を8年間やっている幼馴染のようなもので、お互いに最も信頼している。慎次のことを第一として行動するため、慎次の指示以外には余程のことがない限り従わない。仕事は完璧にこなし、体術もできる。
「楽しそうですね」
「…わかるか?」
「はい。わかります」
そう言ってファルは微笑んだ。
別に慎次は表情にしてはいない。これもファルが優秀な理由のひとつだった。
このシティのほとんどの人間は知らないが、ファルは情報読解特化型の魔法士。能力は、現在、流れている演算を『読む』。つまり、空間の情報や生き物、延いては人の思考などの常に変化する情報を読み取れるというものだった。
これに通常の予測演算と併用すると99・9%、つまりほとんどの攻撃を先読みして対処できるという能力も持っていた。
さらに、魔法士の攻撃手段と言える魔法はI−ブレインが戦闘型ではないので使うことができないが、過酷な訓練を受け、ほとんどの兵器を操れるのだった。
「それで、何をすればよろしいのでしょう」
ファルが相手のとき、他人に聞かれたくない事は慎次は言葉にせず、頭に浮かべる。
――エイドを集めてくれ。
「わかりました。ひさしぶりですね」
ほんとうにひさしぶりだった。
最近の隠密行動は慎次ひとり、もしくはファルとふたりでの行動が多かった。
「まぁな」
と答えてファルと別れる。
しばらくして慎次の携帯端末に呼び出しがあった。
『青柳慎次准将。臨時に上層部議会をやりますので、至急、議会室に来て下さい』

このベルリン市軍は特殊な形態を採っていた。
代表的なものは、『エイド』とポイント制度。
―――エイドとは大佐以上の階級が抱えている小隊のことを指す。大佐以上の地位の者に自分の指示に従う小隊を与えることで、より任務の達成率を上げる目的で作られた制度だった。
大佐になった者は、司令部の許可を得てフリードリッヒ・ガウス記念研究所で造られる、生命維持槽に入った魔法士をふたり選ぶ。
そして、選ばれた魔法士は生命維持槽から出されて二人を選んだ大佐のエイドに配属される。このふたりがその大佐のエイドの最初のメンバーとなる。
この二人の魔法士を選ぶというものにも決まりがあり、生命維持槽は『高レベルの戦闘魔法士』と『通常の魔法士もしくは非戦闘型魔法士』のふたつに分けられているところから、それぞれひとりずつ選ぶのだ。
エイドのメンバーを増やすには、スカウトと後述で述べるポイントを使って研究所で魔法士を得るというふたつがある。
―――もうひとつのポイント制度とは、与えられた任務の出来、なした事柄などにより司令部から振り込まれる得点をポイントと言う。そのポイントはクレジットに、兵器に、魔法士の獲得に、昇進得点にと換えることができるのだった。要するに、軍部だけで使えるクレジットのようなものだ。

臨時上層部議会が終わり、慎次が議会室を出たときには5時間を越えていた。
今回の議題はふたつ。
『人工マザーコア開発プロジェクト「天使アンヘル」の完成体、「4番フィア」が共同研究先のシティ・神戸に輸送中、何者かに強奪されたことへの責任追及と事後処理』
『シティ・ベルリンの全魔法士データが盗み出されたことへの対処』
輸送任務の責任者、グロッグ=ザラス准将はすぐに自らのエイドをつかっての、『四番』を強奪した犯人の探索を訴えた。
それに対して、現場で輸送艦の護衛をしていた『黒衣の騎士』、黒沢 祐一くろさわ ゆういち少佐は、グロッグ准将の自己管理の甘さを露呈しないために言っていると反論。自分が神戸市軍と連携して探索すると主張した。
そして議会の決定は、
『黒沢少佐は神戸市軍と合流し、その指示に従うこと』
『グロッグ准将は青柳准将と共同でデータを盗み出した犯人を探索し、捕まえれば降格を免除する』
というものだった。
議会はフィアの奪還よりもデータの回収を優先させたのだった。
――フィアの探索をしたかったんだが、総司令官じきじきの命令だからなぁ。
天使計画のフィアとファルは気が合っていた。ファルは仕事の合間によくフィアの生命維持槽のある部屋に行き、語り合っていたのを慎次は知っていた。
ファルは慎次以外の人間がいるときほとんど表情を変えないが、フィアが実験体として輸送されるときに一瞬だけ悲しそうな表情をしたのを慎次は気付いていた。
データを盗み出した犯人を捕まえれば、今度はフィアの捜索に重点が置かれると慎次はにらんでいた。
グロッグ=ザラス准将は、色々と黒い噂の多い人間だ。
噂には、グロッグに逆らう者を亡き者にした、どこかの犯罪組織に組みしている、さらには出世のために町の住人をグロッグのエイドで皆殺しにしたというものまであった。
そのグロッグは、自分より若輩が同じ階級にいることが気に入らず、慎次を毛嫌いしていたが殺そうとはしなかった。
それは、慎次のエイドを恐れていたからだった。
グロッグのエイドは魔法士51人、兵士600人の大隊。慎次のエイドはフィアを合わせて魔法士5人。魔法士である慎次を含めても、6人しか戦える者がいないごく少数隊だ。
数だけを見れば、グロッグは慎次を恐れることはない。
しかし、慎次のエイドは慎次を含めて数で計れないことをグロッグは知っていた。
慎次はどんな窮地からも結果を出して生還し、妬んだ者が放った刺客は一人残らず返り討ちにしていた。
一番有名なものは、敵の空中戦艦10機に追撃されている極秘任務中の輸送艦の救出。という死地に行くような任務に、慎次の飛空挺『Blue Sky』にその時に慎次のエイドの魔法士4人全員を乗せただけで行き、一人も欠けずに成し遂げて帰還したことだった。
その任務のあと、慎次には『不死身の魔法使い』というふたつ名ができ、総司令官からの命令以外はほぼ自由にできる自由特権が与えられた。
まず寝よう、と慎次は自室に向かった。
部屋の前にファルが立っていた。
「長かったですね」
「輸送中のフィアが強奪されたってのもあったからな」
途端にファルの顔が明るくなる。
「それじゃあ今は行方不明!?」
「そうだが心配じゃあないのか?」
「はい。輸送直前に、私に『1週間だけ自由になれるから、その時は心配しないで』と言ってましたから。そのときはあまり信じていませんでしたが」
「そうか。お前と同じで心が読めるのに、抵抗せずに連れさらわれるのはおかしいと思っていたが、そういうことか」
そしてにやりとしながら続けた。
「それじゃあなるべく、こっちの任務を長引かせないとな」
そこまで言ってから慎次は首をかしげた。
「ところで、用があってここにいたんじゃないのか?」
「そうです。忘れていました」
めずらしくファルがあたふたしてから続けた。
「全員に連絡が取れました。遅くとも5日後には集まります」
「そうか」
と返事を返して心の中で先を続ける。
――ただグロッグに気付かれると面倒だから、それぞれにそれとなく指示を与えておいてくれ。
それから慎次は、指示の内容を次々と頭に浮かべていった。
――あと、“あいつ”にグロッグがどこを調べるか情報を流してくれと伝えてくれ。
「そうですね。“あの人”なら内部にいますから、情報は簡単に手に入りますね」
「そういうことだ」
嘲笑気味の微笑を浮かべてから、慎次は大欠伸をした。
「もう休ませてくれないか? もう眠くて死にそうだ」
ファルはくすっ、と微笑んだ。
「今日はご苦労様でした。もう用件はないのでゆっくり御休みください」
「「おやすみ」」
二人はそう言ってから慎次は自室へ、ファルは廊下を歩き出した。
5歩ほど歩いて背中に部屋の閉まる音を聞いてからファルは立ち止まった。
――本当はもうひとつあったのですが、これは余裕が出来てからのほうが良さそうですね。


「ふぅ。疲れた…」
時音は居間のテーブルに倒れこむように突っ伏した。
アラビア半島の東部に位置するシャム山の地下300メートルに、時音が住居としている研究施設はあった。もとは大戦前に、シティ・アブダビが極秘裏に建造した魔法士開発用の研究所だった。
大戦中、シティ・アブダビが手放したところに時音の父、刃が移り住んだのだった。
――帰る途中に薬も買って父さんに呑ませたし、追ってもまいて来たし、一安心。
正確には、刃は時音の父ではない。
刃はこの施設で研究し、時音という魔法士を造ったのだ。
刃の研究目的は、魔法士の1種である『騎士』の発展型を造り出すことだった。
時音のI−ブレインは自己領域特化型。通常の騎士がI−ブレインの『身体能力増強』に占める割合を半分にし、もう半分も『自己領域』に割り当てるものだった。
時音は自己領域を三つ、身体能力増強を発動させても二つを展開することができた。
しかし、いくら自己領域を特化させても騎士の近接戦で重要な『身体能力増強』が弱くては実戦はできない。
そこで刃は自己領域による仮装騎士剣『刻月こくげつ』を考え出した。
騎士剣には本来4種類の論理回路が刻まれている。
1、『身体能力増強』の強化
2、『自己領域』の補助
3、騎士剣を構成する『ミスリル』の分子構造維持
4、物理的衝撃に対する情報強化
これらの論理回路が刻まれていて、騎士剣は騎士の情報制御デバイスとして使用することができる。
刃は、自己領域を分子単位で騎士剣の形にして時間単位を改変、自己領域の『時』を停止させ、騎士剣を創り出そうと考えたのだった。
それは画期的な考えだった。
時を止めた物や空間は、分子はおろか素粒子おも動かなくなるので物理的な干渉を受けない。
そして、その騎士剣は自己領域で出来ているので構造維持は必要ない。
さらに、時音は単独で自己領域を展開できるので補助も必要ない。
上の2〜4の論理回路を必要としなくなったため、その部分をも『身体能力増強』の強化に使うことができるようになったのだった。
ただ…。
――すごいって言われても、あまりピンとこないのよね。
時音自身に、あまり自覚はなかったのだった。



「ふぅ。疲れた…」
慎次は事務机の上に載った、処理の終わった書類に突っ伏した。
極秘事項の処理になると、決まって書類に書くのが慎次は嫌だった。
処理を手伝っていたファルが「埋もれてますよ」とくすくす笑いながら言っても、慎次には頭を上げる気力すらない。
かろうじて、脳内時計で時間を確認すると『2月17日午後4時17分』と返ってきた。
あれから4日。慎次は自室に缶詰状態だった。
騒動の始末書、グロッグの強制的な探索による面倒事などに慎次はこの4日間、処理に追われて続けていたのだ。
その処理も先程、やっとのことで終わったのだった。
――グロッグの奴。自分の降格が掛かってるからって強引だ。後始末をする身にもなれ。
そう慎次が何回ぼやいたか、ファルはもちろん慎次自身も覚えていなかった。
「もうだめだ。眠い…」
「そうですか。それでは会いに行くのは明日ですね」
「誰かに会う約束なんてしてたか?」
ファルの言葉な慎次はいぶかしむ。
「約束はありませんが、4日前慎次の探し人の所在がわかったんです」
「なっ」
慎次が驚くのも無理はなかった。
ベルリン市軍に入ってから現在までの9年間、慎次が探し続けた人間がやっと見つかったのだった。
「どうしてすぐ言わなかったんだ」
「言ったら職務をほっぽって行ってしまうでしょう。だから言わなかったんです」
ファルの言葉に慎次はぐっと言葉が詰まる。
「それでどこに居るんだ? 俺としてはすぐ行きたいんだが…」
「だめです!」
慎次の言葉をファルが一喝する。
「貴方は3日間、徹夜だったんですから今日はもう寝なければなりません!」
ファルは慎次の健康のことになると、それこそ梃子どころか重力中和デバイスでも動かないことを慎次はいままでの経験からわかっていた。
この時だけは、慎次の立場は弱かった。
「せめて場所を…」
「だ・め・で・す!!」
……取り付く島もなかった。
慎次はそれからすぐ麻酔薬を打たれ、18時間の睡眠を余儀なく取らされたのだった。

「あれ? ふたりともどこ行ったんだろう」
慎次の部屋に彼のエイドのひとり、エリシア=フォークスが顔を覗かせたのは、慎次とファルが『Blue Sky』に乗って行った後だった。
「犯人の潜伏先の割り出しが終わってその場所を教えに来たんだけどなぁ。…ま、いっか」
――帰ってきたら目を通すでしょ。
エリシアは慎次の事務机に一箇所チェックの入った地図を置いて部屋から出て行った。
奇しくも、チェックの入った場所はふたりの向かった場所だった。



<作者様コメント>
初めての投稿です。
どこか至らないところがあったら、笑って許してくれたら幸いです。
今回投稿した小説はウィザーズ・ブレイン1巻と平行した
(一巻の登場人物はあまり出てきませんが)仕立てです。
書き終わってからざっと見ると設定や紹介が多いですね(^^;
そのくせに慎次の能力を紹介していません。
バトルシーンもありませんがそのふたつは次を待っていてください。

<作者様サイト>
なし

◆とじる◆