シティ・ケソン跡地
「何にもないね」
飛行艇から見える景色は大海原の海面だけである。
「仕方ないです。シティ・ケソンは発電施設が爆発してしまって、陸地もろとも消滅してしまったのですから」
コックピットから聞こえる声にしては、幼い少女の声が聞こえてきた。
「まあ、ここには何にも手がかりがないことはわかってますからね。目的地にいきますか」
「了解です」
少年の問いかけに少女が答えた。
「目的地まであと100キロ」
機体のAIが告げてきた。
「じゃあ、メイル。小型飛行艇を出して。僕一人で行くから」
少年はそう言い、剣とリュックを背負ったのだ。
「き、危険です。まだきちんと剣もできていないのに」
コックピットの扉が開いた。現れたのは、13,14歳ぐらいの少女が出てきたのだ。栗色の長い髪の毛を後ろでとめ、瞳は、緑色をしている。
「大丈夫、無理はしないから。ナビゲーターはよろしくね」
少年は、少女の頭を撫でた。少女はしばらく無言だったが、
「わかりました。お気をつけて」
小さくそういったのだった。
「よし、お仕事始めますか」
今いる場所は極東アジアのフィリピン諸島があった場所。現在は、無数ともいえる小さな島々だけが残っている場所である。目的地は、シティ・ダバオがあった場所から東に50キロほど行ったところにある島だ。
<I-ブレイン起動開始。飛行艇AIに外部デバイスを接続>
「接続確認、接続完了。ノイズを除去、画面に投影」
無機質の声が小さな飛行艇内で響いた。
「どうですか?」
本艇のメイルから無線が入ってきた。
「まさか、当たりとは思わなかったよ。ん? 浅くジャミングが掛かってますね。解折開始」
「私は、感知されないギリギリのところでお待ちしてます」
「了解。さっさと終わらせてくるよ」
<認識隠蔽能力発動>
少年がそう小さくつぶやくと、本艇のレーダーから小型艇の姿が消えていったのだ。
「小型艇は、見つからないように岩陰に隠し、いざ潜入開始!!」
事前の報告書からすると、この島には地下約3キロに渡り研究所があるそうだ。そこまでわかっているなら、自分たちだけで対処できると思うが実際はそううまく行かない。もし、普通の飛行艇でここに近づいただけで、島々に隠れている無人自立兵器が襲ってくるのだ。それが、フィリピン諸国の島々全土に広がっている。そして、全土に渡りジャミングが仕掛けてある。ここは、小さいながらアフリカ大陸と同様な無法地帯になっている。事前の報告書は、シティとシティの共同制作で作られたらしい。
僕らが、そんな危ないところに来ている理由は、ただ一つシティの依頼を受けたのだ。僕らと共同関係にあるシティ・シンガポールからの依頼。そして、依頼内容は、盗まれたものを取り返すといったごくシンプルなもの。盗んだ犯人は、ここフィリピン諸国に足を踏み入れて追跡を逃れたのだ。ここに進入し、依頼を遂行できるぐらいなのは世界中を探しても数が少ない。そして、相手に発見されずに進入できるのは僕らだけだろう。
依頼を頼むぐらいなので、盗まれたものは貴重な品だとわかる。そして、そんな警護に一般の警備兵を付けるわけもなく、魔法士が複数人ついていたが、なんと、一瞬で倒されてしまったのだ。敵を感知することもできずにだ。そして、シティの追跡を逃れた。
「人がいないなあ」
そんな感想を延べて少年はのんきに研究所内を歩いている。潜入任務に関しても少年は、世界中の誰よりもバレずに入ることができるのだ。
<生命反応三つ確認>
I-ブレインがそう告げた。僕の周りを飛んでいるスキャナーからの情報だ。
<その内魔法士3>
さ、3人? スキャナーからの情報を深く読み取った。どうやら、3人の中で唯一戦闘ができそうなのは、真ん中を歩く二十代終わりぐらいの赤髪の女性だけだ。横で歩いている、僕と同じぐらいの少年と少女は、Dランクを下回っている。シティなら廃棄も同然で捨てられてしまうだろう。そうだからこそおかしいのだ。捨てられてしまうといっても、魔法士はシティの重要な情報。他のシティに情報が渡らないように内密に処理される。もう一度真ん中の女性を見た。あれ? やっぱりどこかで……。スキャナーの画像をメイルのいる飛行艇に送ったのだ。スキャナーの感度を、音も含めて、隠れながら3人を観察した。
「ティルダさんうまく行きましたね」
少年のうれしそうな声が響く。
「だけどここから逃げなければね」
「どうしてですか?」
「ここ結構前からシティにばれているの」
「で、でもここならシティも手が出せないはずでは?」
「今は。太平洋を横断して、南アメリカ、そして、アフリカに行く……。皆に伝えてきなさい」
『はい。了解です』
少年と少女は敬礼をし、走り去ろうと思ったがいきなり止まり、
「ティルダさん。奪った荷物どうしましょうか?」
「それは、シティ・メルボルン跡地に送りましょう。内密に陸地の経路があるので、私がやります。急ぎなさい」
「あ、はい」
急ぎ足で二人の魔法士は離れていった。
「で、あなたは何者ですか?」
いきなりその女性は、僕が隠れている場所の方へ向いてきたのだ。そのタイミングで、
「は、離れてください。ティルダ・ヘイワード、シティ・ロンドン所属の炎使いです。魔眼の魔女です。5年前に亡くなったと書いてありますが」
切羽詰ったメイルの声が通信で伝わってきた。
「もう手遅れだよ」
それだけ言って、通信を切った。魔眼……広範囲詮索能力。劣化の認識隠蔽能力じゃ無理だったみたい。
「へー。素直に姿を見せるとわね。剣、騎士ってことね。その騎士剣の力? それともイレギュラーな方かしら? 情報を操る力は……でも、私の魔眼の前じゃ意味がなかったみたいだけど」
半分正解半分外れ。
<攻撃感知>
I-ブレインが告げると少年はすぐさま左に転がった。転がるタイミングと同時に、少年がいたところが炎に包まれたのだ。
「ティルダ・ヘイワードさんですか、元シティ・ロンドンの魔法士」
すると、ティルダは意外そうに眉を細めた。
「私のことを知っている? まあ、予想通り奪った荷物を取り返しにきたシティの魔法士ってことね。ばれないと思っていたの? いい線はいってたと思うけど、私には効かなかったようね。多分追っ手は君一人だけ」
劣化じゃなかったら十分効いてますよ。と心の中で悪態を付く。
<生命反応18確認。その内魔法士18>
スキャナーから情報が流れてきた。僕からは見えないが、僕を囲むように四方に魔法士たちがいる。どうやら、あの少年と少女は仲間を呼び集めていたようだ。
「ここにいるのが全員ですか?」
1対19なのに対して、少年は焦らず腰につけてある剣を抜いた。そして、剣を抜いた瞬間に爆発が起こったのだ。
<戦闘モードに移行。知覚速度15倍、運動速度2倍に定義。近未来予測システム作動。作戦2に変更>
少年は、爆風が来るのは予想通りだったのか、うまく爆風に紛れてティルダに接近しようとした。しかし、周りを囲む18人の魔法士たちがそうはさせなかった。
<0.5秒後に後ろ斜め20度に攻撃感知。危険度E、0.6秒後に前20、35、40、80度、後ろ右斜め40度、60度、左斜め、20度、39度、60度攻撃予測。危険度D……>
間を入れずに炎使いが出した氷の槍と人形遣いが操り鉄の手が襲ってくるが、少年は剣で予測どおりに防いでいる。
<46.86秒後周囲360度から攻撃を予測。危険度B。47秒周囲半径2メートルに渡り攻撃を予測。危険度B。誤差を修正します……>
脳内でウィンドウは瞬く間に修正されていく。ここで少年はにやりと笑った。荒い攻撃の合間合間に鋭い真空刃や爆風が襲ってくるが、その時間まで少年は耐え続けたのだ。
<カウントを始めます。3秒、2秒、1秒……作戦2を始動。分子運動制御氷の壁を発動>
360度から勢いよく魔法士たちの攻撃が襲ってくるが、少年を守るように周りに氷の壁が現れたのだ。
<0.03秒後に攻撃感知。認識隠蔽能力発動>
一瞬時が止まった。なんと、爆発が起こらなかったのだ。ティルダは驚きで目を見開いているが、すぐに攻撃を繰り出そうとする。しかし、その一蹴の隙で、
<自己領域を発動>
ティルダの後ろに回り、一撃で気絶させたのだ。それと、同時に、少年のリュックから煙が吐き出され、20数発のミサイルがその場にいた18人の魔法士に向かって放たれた。
「まあ、中身は睡眠弾ですから問題ないですよ」
少年がそういったが、すでに室内で起きているものはいなかった。
<戦闘終了を確認。I-ブレインを通常モードに変換>
「予測どおりですね。炎使いとしては2流の貴方の強さは魔眼。広範囲詮索能力、I-ブレインの負担を避けるために戦闘中も自動モードで、敵を見つけて殲滅。認識隠蔽能力で一時的に僕の存在を消した場合は、目標消失で攻撃がとまると言うわけです。認識隠蔽能力は60%ぐらいで魔眼の追跡を逃れたか……千里眼だとどうなるのかな? え〜と、聞こえるメイル? あとは、荷物を取り返すだけだよ」
しばらく無言ののち、
「あっはい、了解です。小型飛行艇を遠隔操作してぎりぎりまで寄せますね」
「お願いね」
そして、一度通信を切ったのだ。
「さて、どこにあるのかな? え〜と、中身は魔法士の情報って聞いたけど、さすがに生ものじゃないよね? どっかの魔法士にみたいにはなりたくないよ僕」
と言いながら少年は物色を始めたのだ。
「あった、あった端末。さっそく始めましょう」
<強制介入能力発動。検索開始>
「う、うまく行くかな?」
半ば心配していた少年だが、端末画面はとある部屋を示したのだ。
「よし、成功。起きる前にいなくなりますか」
「任務完了っ〜!!」
「お疲れ様です。まっすぐシティ・シンガポールに帰りますか?」
「いや、第19研究所に行くよ。どうなっているか気になるからね。多分もうそろそろ平気だと思うし、ゼウスも取りに行かなくちゃ」